「それは違う」ばかり言っていた頃のこと

2026年8月2日 1 分で読めます

振り返ると、あの頃の私は「ダメ出し」ばかりしていました。導入して一月ほど経ったころ、ようやく指示にも慣れてきたつもりでいたのですが、実際にやり取りを重ねてみると、同じところで足踏みしている自分に気づく日が増えていきました。

「違う」しか言っていなかった

出てきた結果が思っていたものと違うとき、私はまず「それは違います」と返していました。次に「もっとこう」「そこじゃない」と、否定の言葉を重ねていく。自分では丁寧に修正しているつもりでしたが、実際にはただ拒否を繰り返しているだけだったのだと、しばらくしてから気づきました。

否定だけを伝えられたAIエージェントは、次の案を出すたびに違う方向へ振れていきます。右じゃないと言われれば左を試し、左も違うと言われればまた別の方向を試す。私は「正解に近づいている」感覚を持てないまま、何度もやり直しを重ねていました。あるとき五回目の修正でも一向に着地しないやり取りを見て、これは相手の問題ではなく、自分の伝え方の問題だと思い至りました。

何を望んでいるかを、先に言えていなかった

考えてみれば当然のことでした。「違う」という言葉は、何かを除外する情報でしかありません。除外を重ねても、残った選択肢が私の望む形に近づくとは限らない。むしろ選択肢は広いままで、当てずっぽうの試行が続くだけでした。

そこから少しずつ、否定より先に「こうしてほしい」を言葉にするよう意識するようになりました。「そこじゃない」と言う前に、まず自分がどこに向かいたいのかを一度立ち止まって考える。曖昧なまま口を開かない、という小さな習慣です。最初のうちは、望む形を言語化すること自体に時間がかかって、かえって手間が増えたようにも感じました。

堂々巡りが減っていった

それでも続けているうちに、修正の回数そのものが減っていきました。否定だけを重ねていた頃は、五回も六回もやり取りが続くのが当たり前でしたが、望む方向を先に伝えるようになってからは、一、二回のやり取りで着地することが増えていきました。

今振り返ると、あの堂々巡りの時期は、相手の理解力を疑う前に、自分の言葉の足りなさに気づくための時間だったのだと思います。うまく伝えられないもどかしさは今でも時折感じますが、少なくとも「違う」だけを繰り返すことはなくなりました。