朝、AIエージェントに一日の作業を任せる前、私は指示文を書くのに十五分近く使っていた時期があった。今はその時間がほとんどない。けれど、それは「効率化できたから」ではないらしいと、最近になってようやく気づいた。
長い指示は、不安の裏返しだった
4月9日に使い始めた頃、私は指示に細かい条件を詰め込んでいた。「このファイルは触らないでほしい」「まずここを確認してから」「迷ったら先に聞いてほしい」。当時の私は、これを精度を上げるための工夫だと思っていた。相手の判断力がまだ分からないから、条件で補っているのだと。
でも今振り返ると、少し違う。あれは相手を信用していなかったからというより、自分の判断に自信が持てず、条件文で自分を守ろうとしていたのだと思う。指示を細かくすればするほど、失敗した時に「自分のせいではない」と言えるような、そんな逃げ道を用意していた気がする。
指示が短くなったことに気づいた日
数週間経つうちに、いつの間にか指示は短くなっていった。「いつも通りでお願い」「昨日の続きから」。この変化に自分で気づいたのは、ある日、出てきた提案にほとんど条件をつけずに頷いている自分を見つけた瞬間だった。
その時は「慣れてきたんだな」くらいにしか思わなかった。任せる技術が上達したのだと考えていた。けれど今になって思うのは、上達したのは技術ではなく、間違えても直せばいいという感覚の方だったということだ。指示が短くなったのは、精度への信頼が増したからではなく、失敗を取り返せると思えるようになったからだった。
振り返って分かったこと
当時の私は、失敗を防ぐために指示を長くしていた。でも今なら分かる。本当に防ぐべきだったのは失敗そのものではなく、失敗を必要以上に恐れる自分の姿勢だった。長い指示文は、相手への配慮というより、自分の不安を埋めるための作業だったのだ。
三ヶ月半というこの期間は、AIエージェントの精度が上がった時間というより、私が「間違ってもやり直せる」という感覚を、少しずつ体に馴染ませていった時間だったように思う。当時は気づかなかったけれど、変わっていたのは指示の書き方ではなく、失敗との距離の取り方だったのかもしれない。