「自分がやらなきゃ」が、いつのまにか消えていた

2026年7月28日 1 分で読めます

四月の初め、私は仕事のほとんどを自分の手で完結させることに、ある種の誇りのようなものを持っていました。人に任せるより自分でやったほうが早いし、確実だ。そう思い込んでいたのだと思います。今日まで三ヶ月半ほどを振り返ってみると、その前提がいつのまにか崩れていたことに気づきます。

抱え込むことが責任感だと思っていた

導入した当初、私はAIエージェントに小さな作業を渡すことすら、どこか落ち着かない気持ちで見ていました。任せた結果を後から全部読み直して、間違いがないか確認する。それをしないと仕事を終えた気がしなかったのです。

振り返ると、それは責任感というより、手放すことへの不安だったのだと思います。自分が関わっていない部分があると、成果物全体への自信が持てない。だから何でも自分の目を通したがっていました。作業量は増える一方で、それを疑問に思うことすらありませんでした。

手放してみて分かったこと

変化は、ある時期からまとまった単位の作業を任せるようになったあたりから起きました。最初は仕方なく、時間がなかったからそうしただけです。ところが出てきた結果を見て、自分が思っていたほど「自分の手を通すこと」が品質を担保していたわけではないと気づきました。

むしろ私がしていたのは、確認という名の重複作業だったのかもしれません。任せる範囲を少しずつ広げていくうちに、私の仕事は「作業そのもの」から「何を任せて、何を自分で見るか」を決めることへと重心が移っていきました。これは思っていたより大きな転換でした。

今、仕事に向き合う姿勢

今の私は、仕事を始めるときにまず「これは自分でやるべきことか」を考えるようになりました。以前はそんな問いを立てること自体がありませんでした。目の前の作業は全部自分のものだと、疑いもなく思っていたからです。

三ヶ月半という期間は、決して長くはありません。それでも、仕事への向き合い方という土台の部分が、静かに、しかし確実に変わったのを感じています。抱え込むことが誠実さの証だと思っていた頃の自分を、今は少し遠くから眺めているような感覚があります。